2024-01-01から1年間の記事一覧
忽那諸島 ヨット泊地 図 松山堀江海の駅 ガソリンスタンド遠い 松山 三津浜・大可賀 松山ヨット泊地考察 興居島 由良 泊 船越 中島 中島・大浦 神浦 野忽那島 睦月島 怒和島 元怒和 上怒和 釣島 二神島 津和地島 柱島 山口県岩国市 情島 山口県周防大島 2024…
文芸社刊 かって読んだことがある司馬さんの本の義経には、このジンギスカン説は述べられて無い。 国費留学生として欧州に行き、老生あこがれのフィレンツエやヴェネツイアで美術を研鑚された作者の田中英道さんが今回の説を本にされた。 この説はあのシーボ…
赤字は忽那一族の松山の領地 忽那島・中島 周辺図 ここで「忽那水軍史」を採り上げた。 再び中島を訪れて塩入荒野の開発地である中島の小浜地区を歩く。 現在の海岸線は戦後にでも新しく埋め立てたものであろう。 忽那氏は南北朝時代が最盛期で鎌倉、大宰府…
後期高齢者になるまで。車を買った経験が無く、今までに知り合いからもらった軽を2台を所有したばかりです。最近5年ほどはノ-カ-で過ごしています。 認知症検査のある免許更新制度を受けさせられる老人であるので、ほどなく免許返上になる運命なのかもし…
神浦 ここは北東風が強い時に、中島・大浦の東線連絡船航路が運航中止になっても西線航路が動いており、松山への交通は確保されている。 ヨットはそうはいかないけかもしれないけれど。 青線は西航路、 赤線は東航路 泊地候補は高速船ポンツーンの利用されな…
近藤亨 1921-2016 ネパール高地のムスタンにおいて私財を投げ打ち、イネや果物・野菜などの栽培に成功して村人の新しい生き方を作り、そればかりではなく病院や学校の建設に努めた。 ネパールから最高栄誉1等勲章を受ける。 日本人たちが荒地に奇妙な物体を…
柱島について知っていたことは連合艦隊の柱島泊地のことである、ここに集結して真珠湾攻撃に向かったという。 確かに呉湾では大艦隊が停泊するには少し狭い気がする。 赤星印は連合艦隊柱島停泊地 柱島 周辺図 中島より情島と柱島に立寄り倉橋島海の駅へ航海…
倉橋島海の駅に滞在中にバスにて音戸の瀬戸を経由して呉まで足を延ばした。 呉周辺図、 赤線は湾内巡航路、 青線はヨット航路 バスを降りてJR呉駅の観光案内所を訪ねた。そこでオススメの湾内観光クルーズ500円に参加した。 駅からフェリー乗り合い場所まで…
松澤フミ ポーランドに残った遺影 ここでポ-ランドの孤児を救った話を下記にとりあげています。 しかし、日本に来て孤児たちはチフスに感染しました。彼女は懸命な看病ですべてを救い、自らは感染して命を亡くしました。 20歳の若さでした。その記憶は日本…
興居島・ごごしま 高浜より泊と由良に1時間おきにフェリ-がでているので安く/250円便利である 興居島へは高浜よりフェリーが1時間おきに由良と泊の2ヶ所に寄港している。 料金も250円なので近くて安く便利である。船内でレンタサイクルの申し込みもできる…
高崎 周辺図 高崎駅で下車、コミュニテイバスの時間が2時間待ちであったのでタクシーを使う。[かみつけの里博物館]を降りると、すぐ八幡塚古墳と二小山古墳である。帰りは15分歩いて井出西バス亭より乗車して高崎駅まで行った。 なお、このバス停より東へ5分…
睦月島 と 梅の子城、砦 、 ヨット泊地 五時台の早朝のフェリーにて中島より瀬木戸海峡を抜け、 まだ、夜の空けない睦月島へ行く。 日の出を見ながら睦月島の東半分を歩いて梅の子本城と砦へ向かった。 帰りは高速船で芋子瀬戸を通り野忽那島経由で中島へ戻…
吉備津神社 周辺図 岡山よりJR吉備線にて吉備津駅下車、徒歩10分で吉備津神社へ行くことが出来る。 そこからタクシ-にて盾築遺跡と王墓山古墳に立ち寄れる。 半知識のせいか近くに吉備津彦神社があるのを知らずに行くことができなかった。 従いJR備前一宮で…
はにわ展 国宝 埴輪 挂甲の武人 12月8日 上野にある国立博物館で催された「はにわ展」へ行って来た。 最終日の日曜のせいか一時間待ちの大盛況。展示物を人の頭越しに望んできた次第です。 まあ、規模も事前に想像していた2-3倍のものとは違い、全国の「は…
津和知島 二神島より高速船に乗り津和知島へ来る。帰りはフェリ-にて元怒和へ渡る。 津和知島 周辺図 津和知島は遣隋唐使の時代から風待ちの湊である。 現地に行ってみると北東風の強風にはここは少し弱い印象を受けた。その時には対岸の元怒和へ逃げれば良…
二神島 二神島へは時間によりフェリ-と高速船の便がある 三津浜よりフェリーに乗り二神島へ行く、帰りは高速船で津和知島へ向かった。 二神水軍のゆかりを訪ねるべくこの島に向かった。 かつて、瀬戸内海の一方の旗頭であった忽那水軍の勢力も忽那義範以後…
これぞハリウッド映画と云えるもの。 いかにも充分なお金を注いで、CGでは無くて本物のセットで作ったと思わせる壮大な場面がふんだんに見られた。 ローマ属州ヌミデイア 最初のローマ軍団・船がヌミビアを攻城するシ-ンはすごいです。この戦いから主人公ル…
釣島 瀬戸内海西部 釣島 釣島は船乗りをしていた若い頃に、釣島水道を航行するには潮汐表を調べていたので、おなじみであったが、実際にヨットで今回初めて立ち寄りそこを目の当たりにした。 ここは関門や来島のような強流ではないので、今は老いてヨットに…
蘭島閣美術館 周辺図 下蒲刈へは何度も寄っています. ここは石畳で観光整備されている三之瀬にある木造の美術館. 見ていないが別館もある。 蘭島閣美術館 火曜休日、500円 好みはそれぞれ色々である。個人的には感銘を受ける作品が少なかった。 2024-12-7
忽那諸島へは中島汽船が運行しており、いずれの島へも高速船とフェリ-が就航しており時刻により選択できる。 松山の三津浜・大可賀に係留していたので、怒和島へ行くには、下図のごとくフェリ-に乗り三津浜から二神島へ、そこから高速船で津和知島を経て怒…
倉橋島海の駅の近くの桂浜温泉館よりコミュニテイバスに乗り宮の口の街並みと室尾の街並みを見てきました。レンタサイクルでも平坦地が多いので良いと思われる。 始発の温泉館では温泉に浸り、ここから呉行の路線バスがある。 宮の口の街並み 鹿島大橋にて倉…
ふたば、 日本カーフェリー所属 今回の忽那諸島クルーズにおいて、情島にあるフェリー「ふたば」の海難慰霊碑へ気持ちを捧げて参りました。 29歳の頃にそのフェリー会社の船員をしていた。その「ふたば」に配属され、休暇下船の時にその海難衝突事故が起きた…
スウェーデンが国民に配布したパンフレット「危機や戦争が来たら」 スウェーデンが戦争に備えるためのパンフレットを配布したニュースを読んだ後に、青山さんのYoutubeを見る。 個人的にはヒョットしてあるかもと危機感を持った次第です。 田舎の老人が述べ…
忽那諸島の連絡航路図 野忽那島 睦月島より高速船に乗り野忽那島へ行く。 忽那海賊の縁の地を探しながら、何も見つからず、皿山展望台ヘ登る。 恐らく砦跡か見張り台があったと想像されるが説明案内が無い。 そこから眺めると南東には村上海賊の鹿島、西の興…
道後温泉に行くために松山堀江海の駅はヨット停泊地に選ばれがちである。他の候補も知られていない。しかし、そこは北東風が強風の時は港の構造に問題があり直接に風波が押し寄せる。 ヨットが動揺して大きなフェンダーでも持たないと難儀することになる。 …
黒岩城 さすがに水軍城のひとつ、城跡から大浦湾が望め見晴らしがよい位置にある。 黒岩城 案合板 中島・大浦港を望む 黒岩城 再訪 前回は断念したのを今回は登ってきました。 登り路はロ-プやチェ-ンで整備されていますが、倒木があったりでそろそろ再整…
中島・忽那島に停泊中に、北東風の強風に見舞われた。台風以外にフェリーが欠航することが少ないと云う日になった。 レンタサイクルで出かける日でもない。 そこで、島を一周している路線バスにて見て回ることにした。 大浦港と西中港は島を横断することにな…
ヨットマンの聖地と云われていた弓削海の駅は最近は上関にその地位を譲りつつある。 その中間に下蒲刈がある。40マイル近くのの距離でどちらへもちょうどよい泊地となる。 瀬戸内の風は強い時には季節により東西の風が続いて吹く。 11月前後には北東の風が主…
泰ノ山城 文治5年・1189年に築城。泰ノ山は高さ289mで付近の忽那七島を一望する。北に安芸灘越に安芸の島々を見、広島を見通す。伊予・周防・安芸をまたぎする瀬戸内水運の関となり、西瀬戸の制海権を掌握する位置になる。 南北朝時代には瀬戸内最強の水軍…
音戸の早瀬 倉橋島海の駅から下蒲刈へ 倉橋島海の駅より次の寄港地下蒲刈へ行くには2つの航路が考えられた。 1. 鹿島大橋を抜けて蒲刈大橋を通航していく航路 距離は最短である。 北東の風の時には風力強く、上りになり厳しい 2. 音戸の早瀬を抜け音戸の瀬戸…