お遍路15 53番園明寺、52番大山寺
松山堀江海の駅に昼頃着く。夕方から東北寄りの風が強くなるのが予想された。ポンツーンにその風をまともに受ける側より反対側にシフトするのを怠ったため、翌朝までハルが岸壁に当たり大変な目に会う。 ここの港は北東側に防波堤が抜けているので、充分な注意が必要であった。 少しは承知していたが、ナメていたと云うしかない。
松山堀江 周辺図
53番園明寺はJR和木駅より2-3分である。 堀江海の駅はJR堀江駅まで5-6分で行ける。 ここはガソリンスタンドが潰れたので、給油だけはとても不便である。
53番 園明寺
天平勝宝元年(749年)聖武天皇の勅願を受けて行基が本尊阿弥陀如来、脇侍に観世音菩薩、勢至菩薩を刻んで開基した。その後、この地を訪れた空海(弘法大師)が荒廃した伽藍を整備して再興する。
本堂
龍の彫刻、 左甚五郎作という
大師堂
キリシタン灯籠、 云われは定かでない、譜代の松山藩も武士に隠れキリシタンがいたのであろうか
52番 大山寺
586年豊後臼杵の真野の長者というものが近くで海難し救助された。そのお礼に木組みを整えて再訪し、一夜にして建立したと云う(一夜建立の御堂の伝説)。その後、天平11年(739年)聖武天皇の勅願により行基によって本尊の十一面観音が安置され、孝謙天皇(聖武天皇の娘)が天平勝宝元年(749年)に十一面観音を勅納し七堂伽藍を現在の地に整えたと伝えられている。
四天王門(3の門)
本堂 国宝 1305年
鐘楼堂
2024-7-10