大蔵館と菅谷城(館)

  

 

    
 鎌倉の地へ続く道・鎌倉街道の3つある道のひとつ鎌倉街道上道に大蔵と菅谷の地がある。

 3つの鎌倉街道

 


 都幾川の水運と鎌倉街道を押さえる要地の大蔵と菅谷に館が立てられた。晩夏にそれらを訪ねた。

 菅谷館と大蔵館


 菅谷城と大蔵館 現地図グ-グルマップより

 


   大蔵館


 大蔵館近くの石碑


 大蔵館は東西220m、南北170mと言われるが、戦国時代のもので源義賢が立てたものではないと調査で分かった。 義賢は木曽義仲の父である。この地で義仲は生まれたのではないか。

 館跡にある大蔵神社


 土塁が南と西に残る。義賢公の墓があるようだが見落としてしまった。 想像してきたものより大きな規模ではなかった。知らなければ
地元の神社の地で通り過ぎてしまうかもしれない。

 西側土塁を中より見る

 


    菅谷館・城


 菅谷館というより菅谷城という姿で残っている。 高い土塁と堀が良く残っている。見学していないが、構内に博物館もある。  ここは鎌倉幕府を支えた御家人畠山重忠の館跡である。 北条氏による謀により重忠が戦死した。その後のことは不明である。1488年にこの近くで山内上杉と扇谷上杉の戦いがあった(須賀谷原合戦)。 太田道灌の嫡男である太田資康(おおたすけやす)がここを再興した。両家の混乱のうち16世紀末まで山内上杉家がここを押さえた。その後に後北条氏が勢力を得てここを整備した。小田原城の合戦の前期に前田利家がここに本陣を置いたという。


 菅谷城

 都幾川


 大蔵館より徒歩10分で都幾川二瀬橋を渡り菅谷城の南入り口に着く。

 赤線は 行き、  橙線は 帰り、 上図のように散策した


 ホタルの里・施設より二の郭へ、資料館へは立ち寄らずに搦手門を見て、三の郭から木橋を渡って四の郭(西郭)へ。
再び木橋を渡り資料館前の通路を北へ、右には二の郭の一角にある畠山重忠の像を見て本郭へ向かう。本郭には江戸時代に館があったというが、広い面積を持つ。南郭に出て本郭の高い土塁を見ながら出発点に至った。徒歩30分くらいで見て回れる。 ここへ来るまでに2時間以上の自転車こぎのロスをしてしまった。朝8時前に出たのだが帰りは暗くなってしまい大いに疲れる。 前回はオススメの近くの杉山城へ電車で来たのだが、今回は道を間違えて、自転車で来たのは失敗であった。


 二の郭

 

 三の郭より堀を挟んで二の郭土塁を望む


 食い違い虎口 伝搦手門跡


 三の郭から四の郭(西郭)へ


  木橋  三の郭と四の郭(西郭)を結ぶ


 二の郭より本郭へ


 本郭


 

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 南郭より本郭土塁を望む


      2021-9-16