石巻散歩

    

 

 石巻周辺図

 

 先輩のSさんの案内でヨットの停泊場所より震災伝承館、被災小学校・門脇小学校、日和山石巻城、石の森漫画館、サン・ファン・バウテイスタ号記念館を見てきました。

 

  日和山より望む

 江戸時代には石巻湊より江戸への米輸送が行われていた。 その船出を決めるべき天候を見届ける山がこの日和山である。

現在は公園になっている。古くは石巻城があったというが、案内板があるのみで遺構らしきものは見つけられなかった。 カフェで茶菓子を飲食した。




  被災門脇小学校跡

 震災で被災した小学校を見た。 3階にまで浸水したが机の上に避難したことにより幸い被害者が無いとのことであった。現在は使用されていない。



  被災した漁船

 復興した石巻漁港の岸壁に船体を四角にくりぬいて覗きこめるようになっている。



   記念館

 旧北上川の中洲に円盤のような記念貨がある。 漫画家の石ノ森章太郎氏のものである。

 

  サン・ファン・バウテイスタ号  


  記念館にある木製マスト

 

 伊達政宗はこの地でガレオン船を建造する、支倉常長を、スペイン国王・フェリペ3世、およびローマ教皇パウロ5世のもとに派遣した。家康は交易に熱心な時期があり、政宗は許可を得ることが出来た。 現在の石巻を出帆して太平洋を横断しメキシコのアカプルコに入港、メキシコを経てスペインのセビリアに着く。そして両首脳と謁見し帰国した。

 余談であるがその時にスペインに残った乗組員の子孫がハポン姓(スペイン語で日本)として蒙古斑を持って生まれる子供たちがいるという。

 政宗は討幕の援軍をスペイン国王に求めたともいう。しかし常長がスペイン、ローマから帰国したとき、日本は幕府の方針によって、キリスト教禁止の時代になっていた。


  1/4模型  残念なもの、 以前に見ておきたかった

 

 この復元船は1992年に起工式が行われて,進水し艤装され1996年にこの地に係留された。2011年の震災と暴風により破損し、2013年に修復が完了した。しかし2021年に解体された。1/4の模型が造られて現在に至る。

 現在の知事は水道事業を海外に売り渡すような人物なので、小生のような歴史好きの希望はかなわなかった。 鉄筋コンクリ-トで復元された天守閣が木造で再建築される動きが最近にあります。 この船もクラウドファンデイングなども利用して再復元されることを願うばかりです。 

 現在でも、ヨットで太平洋東航横断する時には金華山沖まで来るのが普通です。 自然的には当然昔は海流と偏西風の関係で太平洋を横断する基地として最も適当なのが現在の石巻付近である。 仙台藩の地理的位置は江戸時代の海外と交易するのに最もふさわしい場所であった。幕府の禁教政策によりそれはかなわなかったと云うべきでしょう。



      2025-8-18