船形より千倉に向かう。 関東のヨット停泊には不安があり、鴨川海の駅に予約をいれるべき電話をしたが、あいにく当日は休みの日で千倉へ行くことになった。 なんなく係留することができて杞憂に終わった。
赤丸は停泊地、 青丸は候補地
ス-パ-やスタンドあり、温泉もあるようだが行っていない。
白い灯台は指向性で暗礁を示す
周参見と同じ指向性の灯台が港口付近の暗礁を紅緑の点灯で示す。
清国船 元順号 遭難救助の碑
トルコの軍艦が潮岬で遭難して地元の漁船に救助された事件があり、今でもその事実がトルコ国民に良く知られて、親日国のひとつであると云う。 清国と日本は同様な事件があっても、最近はまた、中国で日本人が襲われる事件が起きた。 下記のような事件が衆知されずに良い国家関係にならないのは残念なことである。
1779年(安永8)年11月11日、当時唐船と呼ばれる清国の貿易船「元順号」が長崎に向かっていた。だが、大嵐に遭って5ヶ月間も漂流した後、翌1780(安永9)年4月29日に南千倉沖合、通称「川戸山」暗礁に漂着し座礁したのであった。
千倉の漁民は暴風雨の中、乗組員78名全員を救助し、当地を治めていた岩槻藩(朝夷郡21ヶ村)の指示により、2ヶ月間にわたって遭難者を手厚く世話をして、全員を故郷に帰還させたといわれる。
2025-8-7




