熊山遺跡 と 楯築遺跡

 熊山遺跡

 

 熊山遺跡の周辺地図

 

 熊山遺跡には山陽本線熊山駅で下車して、タクシーにて訪れた。 車の中から途中の山道を眺めると、老体にはその道を登るのは無理だと感じられ乗ってきたのは正解であったと思われる。 この遺跡を訪ねるには徒歩なら1日を用意しなければならないであろう。

 

  熊山遺跡

 

 上写真のようなマヤ・インカの遺跡を思い起こさせるピラミッド形式である。 付近に30余もこれらがあるというが見ていない。

奈良時代の仏教遺跡であろうと云われているが、まだ謎である。 方形の竪穴の中には、古墳によく見られる円筒埴輪のような陶製筒形容器(とうせいつつがたようき)と奈良三彩小壺(ならさんさいこつぼ)が納められていた。陶製筒形容器は奈良県天理参考館に収蔵されており、奈良三彩小壺は現在失われています。

 

 陶製筒形容器  天理大学保管

 



   楯築遺跡 ・たてつきいせき

 

 楯築遺跡の周辺地図

 

 JR山陽線庭瀬駅で下車、タクシーにて楯築遺跡にむかう。途中に王墓山古墳をチラ見してたどり着いた。 帰りはタクシーを呼び吉備津神社まで行き、徒歩てJR吉備津駅から帰還した。

 

 



 2世紀頃の卑弥呼の時代の墳丘墓です。円丘部とその両側に長方形の突出部をもつ特異な形をししており、ストーンヘンジのように巨石が立っています。このストーンサークルは、伝説の上では、温羅(鬼)の射た矢を防ぐ「楯」を「築」いたものと伝えられていますが、墳丘を築いた際に、何らかの祭祀を行う場として作られた説が有力なようです。

 

 復元想定図

  上図のように円丘部の上下に長丘部があるが、宅地開発と給水塔の工事で失われている。 現在は給水塔の撤去工事が行われている。

 

 当時には高価な水銀朱が発掘されたところから、相当高貴な方の墳墓だと思われる。 卑弥呼の時代の当地・吉備国は大いに発展していたことがうかがえる。

 すぐ横に宝物館があり、窓から暗いながらも亀石を覗き込むことがでる。




 発掘風景  赤い水銀朱

 

     https://www.youtube.com/watch?v=j-gSSr5JdiQ  10分

 

 徳島で見た日本最古の古墳と云われる萩原2号墳の形状とよく似ている。

 

 萩原2号墳

 

    2024-11-14